「日本・オーストリア交流年2009」シンボルマーク

                          
   2009年は日本とオーストリアの修交140周年の年でしたが、これは2006年に
 時の小泉首相が
オーストリアを公式訪問した際に、両国首脳が今年を「交流年2009」として、
 文化交流や親善をさらに促進するイベントを展開することを決定していました。

   この1年間は日本とオーストリア各地で年間を通じて様々なイベントが繰り広げられましたが、
 横野律子がこの30年間にわたって微力を尽くしてまいりました、オーストリアの料理やケーキの
 ご紹介、さらに「チロリアン・スパイスブーケ」の技術の教育などにつきまして、ご提案しました
 5つのイベントが、外務省と駐日オーストリア大使館によりまして記念事業として認定され、
 
シンボルマークの使用が許可されました。

   その事業の一つがこれからご紹介する2009年の「オーストリア・ツアー」です。
 これは朝日カルチャーセンターの企画で、私が3年間住んでいたオーストリア各地を、料理教室と
 チロリアン・スパイスブーケ教室の皆さんをご案内するツアーで、第1回目を1990年に実施して以来
 回を重ねて今回は第5回目を迎えました。

 以下、ツアー・レポートをお届けします。

      旅のスタートは
音楽の都
ウィーン
ドナウ川の上流
ワインと歴史の
ドゥルンスタイン
世界遺産
中世そのままの
ザルツブルク





   横野律子と行くベストシーズンのオーストリア
    
第5回「味と香りの旅」 ツアー・レポ−ト
 
 
  このツアーは毎回、私の「チロリアン・スパイスブーケ」と 
 料理教室のメンバーの皆さんが中心となって参加され、
 スパイス・ブーケ発祥の地を見ていただき、またオーストリアの
 料理がはぐくまれた現地の気候・風土を見て感じて、
 今後の勉強の糧としていただこうというものです。

  今回も24人の皆さんをお連れして、楽しく、おいしく、なごやかに、
 5月17日から8日間の旅行を楽しんで参りました。

  幸い「ベスト・シーズン」とうたった甲斐があり、連日晴天続きで、
 出発前に世界中で大流行している鳥インフルエンザを心配して
 たくさん持参していたマスクをつけるのは全く忘れ、代わりに
 日焼けを気にする8日間となりました。

 

   
ウィーンのシンボルマーク
 
市立公園のヨハン・シュトラウス像
  
   「味と香りの旅」と銘打っているように、このツアーは団体旅行では絶対に行けない
 レストランで毎日違うメニューのオーストリア料理の神髄を味わっていただくために、
 毎回長い時間をかけて交渉を続けてレストランを選んでいます。
 
   オーストリア航空の直行便で11時間、成田から飛ぶとウィーン到着は現地時間の
 午後3時半、ホテルに着いて一息ついても、まだ現地では夕食前の時間です。
 日本時間では深夜1時とは言え、毎回元気な方々のお夜食の場所に頭を悩ませる
 ところです。

   今回は、ホテルのすぐそばの国立オペラ劇場の裏にある、アルベルティーナ美術館の
 1階を奥に入った、古くからある有名店の「アウグスティナー・ケラー」でハム、ソーセージと
 ザウアークラウトをいただきました。

  この店は、かつての修道院のワイン蔵を改造してレストランにした伝統的な「ケラー」ですが、
 古い伝統とモダンに改装された雰囲気が受けて、地元のサラリーマンも会社帰りに
 立ち寄る人気の店に変身しています。

   長旅の後、機内食をたっぷりいただいた皆さんも、おいしい料理とワインにビール、
 それに楽師が奏でるワルツを聴くと、旅の疲れもどこへやら、すっかり元気になられた
 ようでした。

 
 
 2Fはアルベルティーナ美術館
 
       
                      1階がケラーになっている
 
 最初の食事は、もちろんウィーン名物の
 ザウアー・クラウトとハムとピクルスの
 盛り合わせ
 




  メンバーの中にこの日に誕生日を迎える方がおられて、
 しかもそれが還暦の誕生日ということがわかり、
 旅の疲れもありましたが、ますます盛り上がって、
 ウィンナー・ワルツに合わせてダンスが始まり、
 ウィーン第1日目の夜は更けていきました。
 
  ホテルは目の前という安心感から、皆さん時間も忘れて
 ワインとダンスを楽しまれていましたが、お開きの時間は
 日本時間ではもう朝になっていました。




 ウィーン2日目 
 市立公園のシュトラウス像の前で記念撮影             ウィーンのランドマーク「シュテファン寺院」

  ウィーンで迎える最初の朝、きょうの空は私たちを歓迎するかのように、すがすがしい快晴です。
 きょうはバスで、音楽の都、芸術の都、有名建築の都ウィーンをめぐり、最初の目的地である
 シェーンブルン宮殿へと向かいました。
 
  
  シェーンブルン宮殿は、フランスの
 ベルサイユ宮殿をしのぐものをという、
 ハプスブルク王家の命令で建設が
 スタートしましたが、財政難からその
 夢がかなえられていませんでしたが、
 今でもウィーンでも最も多くの
 観光客が訪れる場所となっています。
 
  モーツアルトがマリア・テレジア女帝の
 前で演奏した部屋とか、ナポレオンが
 宿舎とした部屋とか、彼の失脚後、
 「会議は踊る」のウィーン会議の舞台と
 なったり、1400を超える宮殿の
 部屋には、物語がつきません。
 
  今回のツアーでは、初めてここを見る
 人と、リピーターとに分かれて見学を
 しました。
 初めての人は宮殿内部を、また
 リピーターはパノラマ・バーンと呼ばれる
 列車型のバスで、庭園の中を
 めぐりました。


 パノラマ・バーン
 
 ヨーロッパ最大の温室                         
 パノラマ・バーンは、1882年に完成した
 ヨーロッパ最大の温室や、1752年に
 作られた、世界最古の動物園、それに
 この宮殿の名前の由来となった「シェーン
 ブルネン」(美しい泉)などをめぐって、
 丘の上のグロリエッテと呼ばれる
 あずまやへ行きます。
 ここからは宮殿の向こうに、ウィーンの
 街並みを一望することができます
 
 グロリエッテ
                                               グロリエッテからは宮殿の向こうにウィーンの街が見渡せる



  レジデンツ・カフェでの私たちの昼食のメニュー
  昼食は、宮殿を訪れた時には
 欠かせない「レジデンツ・カフェ」に
 席を予約していました。
 
 きょうは昨夜の遅いお夜食の
 後だけに、軽い昼食で、いずれも
 ウィーンを代表する料理の、
 グーラッシュ・スープとセンメルパン、
 デザートにはイチゴのケーキを
 いただきました。




 

 

  昼食の後もバスによる市内見学を続け、次はハプスブルク家の王宮、ホーフブルク宮殿へ向かいました。
 

    王室銀器博物館のコレクション

 あらゆる種類のケーキ型
  ホーフブルク宮殿では、600年以上にわたって中央ヨーロッパに君臨したハプスブルク王家が残した
 美術品や工芸品、それに数々の建物を含む社会遺産がいまや国民の財産となって毎年多くの観光客を
 世界中から呼び寄せる姿を見学しました。

  中でもこの宮殿にある「王室銀器博物館」は、ツアー参加者に料理教室の会員も多いため、豪華な食器や
 特注のケーキ型などを皆さん大変興味を持って見学されたようです。


 
国立オペラ劇場の前を走る市電

     さて、ウィーンの市電は「世界一静か」と言われていますが          、
                       この日の夕食は、この市電に乗ってウィーンの森のふもとのグリンツィングという
                       ところにあるウィーン名物の「ホイリゲ」と呼ばれる「ワイン居酒屋」へ
                       向かいました。 街並みや建物を見ながらの静かな30分のエコの旅でした。

 

        ウィーンの森のぶどうの段々畑
  
        900年の歴史を誇るホイリゲ「バッハ・ヘングル」
  
  ウィーンは世界の首都の中でも、ワインが生産される唯一の都市と言われていますが
 そのワインのほとんどが長年にわたってこの地区で作られています。
 ヨーロッパ・アルプスの最東端がドナウ川で途切れる、ウィーンの森のふもとの日当たりのよい斜面と
 ドナウの川霧が育てるといわれるここのブドウは、紀元前からすでに栽培されていたということです。

  この地区のブドウ農家は、毎年秋に出来上がるワインを自分の家で飲ませる限りは無税とするという
 古くからの法律により、安くておいしいワインをハム・ソーセージや野菜などと一緒に提供して人気を集め、
 いまでは観光バスが並ぶ名所となっています。


  私たちが訪れたのは、私の友人の親戚が経営する「バッハ・ヘングル」というこの地区でも一番古い
 900年の歴史を誇るという大きな店です。


  親しい友人と1年ぶりの再会
 地元の人たちのように、料理はキッチンで直接買って席へ運びました

 
      
 
 
 とれたてのワインと素朴な料理を堪能した一夜でした




 
 ウィーン3日目

 
 3日目は、終日ホテルそばの繁華街ケルントナー通りを中心にショッピングのご案内をして、
 自由行動の一日でした。

 

 
 MAKウィーン応用美術館



  3日目の夕食には、今回のツアーのハイライトのひとつである、
 ウィーン応用美術館のレストランを訪れました。
  ここでは「日本オーストリア交流年2009」の各種の展示会が
 開かれていました。

  ハプスブルク王家の社会的な遺産であるウィーンの数多くの美術館や
 博物館は、そのレストランの食事の質を競っています。 
 つまり美術館の展示品と同様に、レストランの食事も美術館や博物館の
 大切な要素だと考えているのです。


 レストラン
 シャンデリアはなんとワインのボトルでした

  去年、地元の友人の推薦でこの美術館を訪れた私は、次の機会にはぜひツアーの皆さんにこのレストランの
 素晴らしいお料理をご紹介したいと考えて、グループの受け入れを交渉してきました。
 そして念願かなって今回のツアーでの訪問となったのです。


  応用美術館はウィーンの名産の各種曲げ木の椅子や家具、それに工業デザインから舞台装置まで
 展示している美術館ですが、最近では有名シェフのエステライシャー氏が指揮をとり、ウィーン料理だけを
 提供するレストランで有名になりました。

  エステライシャー氏は、長年にわたって各地のレストランでの成功で名をあげ、今後はウィーン料理だけで勝負すると宣言して
 この美術館のレストランに招かれ、リーズナブルな値段で素晴らしい料理を提供して、今このレストランはウィーンで
 一番人気がある場所の一つとなりました。


 
今夜の私たちのためのメニューです
  
 ナイフやフォーク、それにお皿やグラスなどもすべて美術館に展示されている、有名デザイナーのもの

 
 
   
 
  シェフのエステライシャー氏がここで出すお料理はウィーン料理だけ、それも単純に「トラディショナル」と
 「モダン」の2種類。 いわゆるおふくろの味と、本来のウィーン料理にシェフが長年の経験から加味した
 新しい味の二つです。
 
  私たちは美術館の中庭に作られた特別席で、「モダン」をいただきましたが、どれをとっても素晴らしい味と、
 皆さん感激の様子でした。


   5月のさわやかなお庭での夕食でした       

  お食事の後は美術館ショップでお土産の買い物


 4日目はドゥルンスタインへ

  この日はバスでアウトバーンを走り、ドナウ上流の
 世界遺産ヴァッハウ渓谷にあるワインと歴史の町
 ドゥルンスタインへ向かいました。


 
       メルクの僧院         ドナウに浮かぶ大型観光船

 ウィーンから約1時間、大きなメルクの僧院を過ぎた
 あたりで何カ国もの国境をこえてドナウ川を航行
 する、何隻もの寝室付きの観光船が見えてきて、
 ヨーロッパの大河ドナウを実感できます。




  さらに行くとぶどうの段々畑の先に、
 ドゥルンスタインが見えてきます。


  ドナウに美しいシルエットを落とす白い教会の
 塔がヴァッハウ渓谷のシンボルとなっています。





            美しく青きドナウ

 王が閉じ込められていた城の遺跡
 
 リチャード獅子心王

  今から800年前、第3次十字軍としてエルサレムへ
 向かったイギリスのリチャード獅子心王がイギリスへの
 帰途、この国の国王とトラブルを起こして捉えられ、
 この町にある山の上の城に幽閉されたという歴史が
 あります。

 
  吟遊詩人に扮して、王のために昔作曲した歌を歌って
 王の行方を探していた騎士が、この城からの同じ歌を歌う
 王の声を聞き、この騎士の知らせでイギリス軍が救助に向かい、
 莫大な身代金と引き換えに王は釈放されたという中世らしい
 物語が残っています。



 
                        名産のワインやあんず酒
    
   

  ここでは、ヨーロッパで古い城や邸宅などを改造して作られた有名な「ロマンチック・ホテル・チェーン」の
 会員ホテルとして知られる、その名も「リチャード獅子心王ホテル」を訪れました。
 
  このホテルは、昔の修道院を改造したもので、レストランはドナウをすぐ下に見下ろす景色が有名です。
 私たちのきょうのメニューは、シェフと長い期間をかけてご相談した結果、名産の鱒を丸ごと一尾と
 旬の白アスパラガスをメインにした料理に決定。 
もちろん名産の素晴らしいワインもたくさんおかわりを
 いたしました。





 横野律子グループ御一行様のきょうのメニュー



 
                                               ドナウ河を真下に見下ろす庭に特設のレストラン

  お食事の後は、ドナウの川岸を散策の後、
 バスで一路ウィーン空港へ。
 次の目的地のザルツブルクへ向かいました。


            
                 
 





  ザルツブルク1日目



  ウィーンから50分のフライトで、夕方ザルツブルクに到着。
 旧市街のホテルに落ち着いた後、そばのモーツアルト広場を
 散策しながら、伝統的なレストラン「K&K」(カーウントカー)で
 伝統的な食事をしました。



      
                              伝統のレストラン「K&K」

       

 ザルツブルクの中央を流れるザルツアッハ川

 モーツアルト橋

            モーツアルト広場


 

   ザルツブルク2日目

    
     ホーエン・ザルツブルク城

  きょうも朝から快晴、朝早くホテルのそばにある
 モーツアルト広場を通って、ケーブルカーの駅に行き、
 ホーエンザルツブルク城に登り、中世のままの町の
 景色を楽しみました。


 「馬の水飲み場」から城を望む

   城からのながめ、ザルツアッハ川をはさんで手前が旧市街、むこうが新市街

  
   ザルツブルク(塩の城)という名前のこの町は、古くからこの地域でとれる岩塩の取引の
 中心地として繁栄を続けてきました。
 8世紀にはカトリックの大司教が領主を兼ねて一帯を統治し、国王の力をもしのぐ教会国家の時代は
 1000年以上にわたり続きました。                

  壮麗な教会や宮殿が立ち並び、世界遺産に登録されたこの街は、中世のままの姿を今も残し、
 世界中からの観光客を集めています。


 
 大司教の夏の離宮、ヘルブルン宮殿

  このあと、郊外のヘルブルン離宮に向かいました。
 ここは17世紀に大司教が建てた夏の宮殿で、水力を使った様々な仕掛けが楽しく、
 いきなり水が飛び出して来て、子供たちはずぶぬれになり、一日中入場者の歓声が絶えない場所です。

     
   屋外の食卓には床や椅子から水が飛び出す仕掛けがあり、ゲストが
   着席したところで大司教が合図を送り、水を出させて全員をずぶぬれにしたという。
   テーブルからも大量の水が噴き出すことを知っている現代ッ子の観客たちは、
   いつでも逃げ出せるように全員後ろ向きに座っている。

 

    
 
  私たちがこの宮殿に来たもう一つの理由は、ここの「アトリエ」というレストランがリニューアル・オープンして、
 このところ大人気で、ザルツブルク郊外のレストランとしては、今最も注目されているからです。

    
               ここのメニューにも旬の白アスパラガスを加えていただきました(レストラン・アトリエ)
                         
                            

  ちょうど祭日のこの日は、宮殿の中庭でクラシックカーの展示会が開かれており、大勢のファンが集まって 
 賑わっていました。
 なんと戦前の1929年創立の、「ザルツブルク・クラシックカー・クラブ」の80周年記念のイベントで、
 会員の車170台のうち今でも走れる車100台がここへ走ってきて展示されていました。
  
  このうちの整備されて登録済の、正式のナンバープレートを持つ60台が、午後から旧市街を交通止めにし、
 轟音を響かせて「ゆっくりした」スピードで、レースならぬパレードを繰り広げ大変な騒ぎでした。


   
  
  ザルツブルクとこの地方一帯の素晴らしさと、景観の美しさを世界に知らしめたのは、何と言っても1965年に公開された
 ハリウッド映画「サウンド・オブ・ミュージック」でしょう。

  この町にはいたるところに、この映画に撮影された場所が点在していますが、このヘルブルンには、撮影に使われた
 あずまや「ガラスの家」が今も残されています。
 ここはトラップ大佐が愛をささやくシーンや、長女が「もうすぐ17才」を歌うロマンチックなシーンに使われています。
 このガラスの家は撮影当時は、トラップ大佐の家とされた、レオポルツクロン城にありましたが、その後ここへ移されています。

  ここは毎日観光客が記念撮影をしようと列を作る超過密スポットですが、私たちはここで記念撮影をした後、
 有名な「ドレミの歌」のフィナーレのシーンが撮影された、新市街の「ミラベル宮殿」へと向かいました。


 
 ハリウッド映画「サウンド・オブ・ミュージック」に使われた「ガラスの家」
 
 ミラベル宮殿
 
 ミラベル宮殿よりホーエン・ザルツブルク城を望む
    

 
                                           
  
   ミラベル宮殿は17世紀に大司教が愛人のために建てさせたと
 言われていますが、火災のため1818年に現在のクラシック様式で
 再建されました。
 
  ここは現在、市役所や図書館として利用されていますが、
 モーツアルトがコンサートを開いた有名な「大理石の間」は、
 市役所で婚姻届に署名して婚姻が成立するこの国では、
 希望する市民の(有料の)署名の式場としても使われています。

 日本人のカップルからも特別に申し込みがあるほど大人気だとか。

  また、この宮殿の庭園を歩くと、そこかしこに映画「サウンド・オブ・
 ミュージック」に出てくるシーンがあり、映画ファンには見逃せない
 場所です。


       
  
  ザルツブルクでのショッピング


  ザルツブルクは一年中世界中から観光客が集まる場所だけに、
 ショッピングの町としてもなかなかあなどれない素晴らしさがあります。
 有名ブティックをはじめ、民族衣装やアクセサリー、それに陶器など
 ここでしか手に入らない商品も充実しており、十分楽しめます。

  この日の残りの時間を利用して、旧市街の中心ゲトライデ通りで
 ツアーの皆さんにショッピングのご案内をしました。



 モーツアルト博物館(楽聖の生家)のプレート
 1756年1月27日ここで生まれる
  
 
     
     ゲトライデ通りにあるモーツアルトの生家
  
  中世のたたずまいをそのまま残したゲトライデ通りは、この鉄製の
 看板が有名です。 何を売っているのかがひと目でわかるように
 考えられたアイデアがそのまま形になったデザインですが、
 最近はハンバーガーのマークや、国旗がついた看板などが見られ、
 そのコマーシャリズムにまゆをひそめる人もいます。

 



  
  

  ザルツブルクの旧市街の中で特に目立つのは各種のスパイスやドライフラワーを組み合わせて作る
 スパイス・ブーケを売るお店が多いことです。  スパイス・ブーケはこの地方が発祥の地と言われていますが、
 伝統工芸も作る人が少なくなったせいでしょうか、お店の数も昔に比べるとずいぶんと少なくなりました。
 
  そうした中で、私たちのツアーの中にはスパイス・ブーケを勉強する方が多く参加されていて、皆さんの関心は
 ブーケはもちろんのこと、その材料となる花や木の実に向いているようで、街角にさりげなく植えられている
 花の写真を撮ったり、木の実を集めたりしていました。


 
 西洋にわとこ(エルダー・フラワー)がどこでも満開でした

 香りがよくて、シロップにしたりフリッターにして
 粉砂糖をかけて食べる。 発汗作用があるため、風邪によく効くという

     
    庭に咲いた花を折って私たちに渡してくれた、その家の奥さん

    
 大木に咲くアカブナも満開でした









 ザルツブルク 3日目


 伝統の街だけに、ここは今でも100種類もの酢を売る古い専門店です
  
 これだけたくさんの種類の酢を見ると、
 中世の店に迷い込んだかのような錯覚を起こします

 
 
 イチゴの酢を自転車型の容器に入れている
 (中味だけは100ccで340円)


 出来るものなら、自転車に入ったこのイチゴの酢を
 このまま買って帰りたいと思いました。

 間もなくチェリーとあんずの酢も出るそうで、
 サラダがおいしくなることでしょう


  どこの町でも、市場を見るといろんな意味でその市民の暮らしが
 わかるといいますが、ザルツブルクでも旧市街のグリューンマルクトと
 呼ばれる青空市場を見ると、庶民の食生活の様子がわかります。

 
  ここはゲトライデ通りの裏に当たる大学広場というところに
 出されているマーケットで、野菜、果物、花、肉、ハム、ソーセージなど
 あらゆる食べ物から立ち食いの屋台まであり、観光客も簡単な食事を
 しています。
 

 
 

                       
 


  ホテル近くの行列ができる街角のアイス屋さんです
   
                              それにしてもこの国の人はアイスがお好き
  
   
 
  ザルツブルク最後のこの日は、こうして各自自由行動でショッピングや散策をしました。
 夜は旧市街の由緒ある建物を見ながら歩いて、旅の最後の夜の夕食へと向かいました。

 
      
                      創業802年、現在も営業しているレストランでは
                         ヨーロッパ最古という1200年の歴史を誇る「聖ペーター レストラン」

 今夜の私たちの「フェアウエル・ディナー」のメニューです





 今この町で咲いているエルダー・フラワーの
 ソースを使ったおだんごのデザート
  
  
            
  
  おいしいお料理とワインのフェアウエル・ディナーが終わり、初夏のようなザルツブルクの夜風にあたりながら、
 旧市街の石畳に私たちだけの靴音を響かせながら、ホテルへと帰りました。





  
  1年間をかけて準備したツアーも、いつもそうですが、終わってみるとあっという間の8日間でした。
 私の教室で、料理やチロリアン・スパイスブーケを勉強している皆さんには、今回のツアーで
 見て、感じたことをこれからも十分に生かしていただきたいと心より願っております。

  最後になりましたが、このツアーを企画していただきました、朝日カルチャーセンター福岡、
 実施に当たられました(株)ツアー・アラカルトに感謝申し上げます。

  それから「日本オーストリア交流年2009」の企画としてご支援いただきました、
 オーストリア大使館、また側面からご協力いただきました、在日ウィーン代表部をはじめ  
 オーストリアの各団体の皆様には心より厚く御礼申し上げます。

 ありがとうございました。